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東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)28号 判決

一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決の理由の要点についての原告主張の事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、本件審決を取り消すべき事由の有無について判断する。

(一) 原告は、本件審決は本願発明の「傾斜板を形成する」という構成が第二引用例に記載の方法の単なる設計上の微差の範囲内の事項であると認定、判断したのは誤りであり、ひいて本願発明の奏する特段の効果を看過誤認し、本願発明をもつて第一引用例及び第二引用例の各記載に基づいて当業技術者が容易に発明をすることができたものとした違法があると主張する。然し、この主張は、理由がないものといわざるをえない。即ち、

1 前記争いのない事実に、成立に争いのない甲第二、第三号証の記載を総合すれば、次の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

従来、高層建築用の排水落下装置に関し、排水本管内を流下する排水が流下速度が大きくなるに従つて異常な排水騒音を発生し、また排水の急速な流下によつて発生する排水管内の異常圧力のために衛生設備器具のトラツプの溜水が空となり、臭気が部屋内に逆流するという欠点があつたこと、そこでこれらを解決すべく、本願発明は、上部を大気に開口する垂直配置された管状の排水本管に分岐管を接続するとともに前記排水本管の内周壁面に排水本管の中心軸に対して傾斜する傾斜板を形成し、排水本管の中心に形成される空気柱を前記開口を介して外気と連通させるという構成としたこと、このような構成による本願発明では、分岐管を通つて入つてきた排水は排水本管内に旋回して射入され、旋回運動をしながら落下し、その旋回運動による遠心力によつて排水を排水本管の内壁へ押しつけ、内壁で薄い排水の層が形成され、排水本管の中心部には空気柱が形成されること、旋回運動をして落下する排水はやがて旋回運動が弱まるため、この旋回運動方向に一致させて取り付けられている傾斜板が排水の旋回運動を維持もしくは助長せしめ、また排水本管の中心部に形成される空気柱は外気と連通し、また排水本管内の大気圧を維持し、そのため排水本管に横方向より接続されている衛生設備器具に正負いずれの異常圧力も作用せず、トラツプの溜水を空にすることがないこと、このようにして本願発明が、排水の流下速度を減じて排水騒音を少なくできるとともに、前記空気柱によつて排水本管内を大気圧に維持して衛生設備器具のトラツプの溜水が排水本管の方へ吸引されることを防止することができ、排水本管内の臭気が部屋内へ逆流するのを防止することができるという効果を奏する(このような効果を奏することは当事者間に争いがない。)ものであること。

また、第一引用例に記載の装置は、垂直方向に配置された排水管の途中の適所に、内面が螺旋形状をなす螺旋形部材(螺旋形状であつて、ほぼ中間部にふくらみを有し、そのふくらみの上部に取付備品(衛生設備器具)からの排水路に接続する分岐管を有する取付部材)を介装、接続させる構成であつて、この場合右螺旋形部材は排水管の垂直軸線からずれて配置されるものであるところ、右構成により、排水管内を流下する排水は排水管の内面に密着しかつ排水管の内面に沿つて下降するので、排水管の中央部分に沿つて空気が通過する中断することのない流通路が形成され、また螺旋状の壁を通過することによつて下降中の排水の流速は大幅に低下し空気圧が大幅に低下するので、空気圧は取付備品(衛生設備器具)の水封を破ることがないという効果を奏するところの、高層建物用の排水装置であること。

以上の事実を認めることができる。

右事実からすれば、本願発明と第一引用例に記載の装置とは、共に高層建物用の排水落下装置に関するものであつて、排水管を流れる排水に旋回運動を与えその排水管の中心部分に空気の通路が形成される構成とした点においてその目的を一にし、排水の旋回運動を生じさせる手段が、本願発明では排水本管の内周壁面に排水本管の中心軸に対して傾斜する傾斜板を形成した構成のものであるのに対し、第一引用例に記載の装置では排水管の途中に内面が螺旋形状をなす螺旋形部材を介装、接続した構成のものである点で差異はあるものの、本願発明と第一引用例に記載の装置とでは、それらの構成の主要部即ち基本的構成を共通にし、排水管内を流れる排水に旋回運動を与え、排水管の中央部分に沿つて空気柱を形成するという技術的思想を同じくするものであり、かつ第一引用例に記載の装置においても本願発明の奏する効果と同一の効果を奏するものということができる。してみれば、本願発明の奏する効果は、排水管内の流水に旋回運動を与える手段として本願発明のそれとは差異のある構成を採用した第一引用例に記載の装置が奏する効果と同一である以上、本願発明において排水管に傾斜板を形成する構成を採用したことによる予測することができない特段の効果ではないといわざるをえない。

2 次に、成立に争いのない甲第四号証によれば、次の事実を認めることができ、これを左右するに足る証拠はない。

流水管の異常腐蝕の原因は純化学的腐蝕及び電気化学的腐蝕のほかに、管内において空気気泡を多量に含有している流水が乱流しそのために気泡がこわれ、気泡中の酸素が管壁に接触することが周知のことであり、これらの事実のもとに、第二引用例に記載の方法では流水管内に螺旋状運動を与えて流水中に含有されている空気を可及的に管の中心に集中させて空気が管壁に接触することを防止するようにしたものであつて、その実施例の一つとして、管内に鉄など任意の金属又は硝子のような非金属等を材料とする、リボン又は棒をもつて、外径は流水管の内径に接し又は接しない大きさとし、種々のピツチレンジを有する螺旋体(リボン状物)を作り、これを管の全長又は一部分にわたつて同心的に挿入し、流水の中心部にのみ螺旋状運動を与えて流水中の空気を管の中心部に集合させる方法のものがあり、これによつて流水の螺旋状運動は常に螺旋体の中心部において発生し、管の異常腐蝕が防止されるという効果を奏すること。

右のような事実を認めることができる。

3 ところで、第二引用例は本件審決において、本願発明と第一引用例に記載の装置との間に存する前記差異点であるところの、管内の流水に旋回運動を生じさせる手段について引用したものであることは、前記争いのない事実及び成立に争いのない甲第一号証(本件審決謄本)から明らかであるところ、右1及び2に認定の事実によれば、管内の流水に旋回運動を与えるという観点からすれば、本願発明における傾斜板を形成する構成も、第二引用例に記載の方法における螺旋体を形成する構成も、共に同一の機能を有する手段であるということができる。

4 そして、前記2に認定の事実及び前顕甲第四号証の記載からすれば、第二引用例に記載の方法において、その螺旋体(リボン状物)は流下する水に螺旋状運動を与えるものであるから、流水管の中心軸に対して傾斜する部材であると認めることができ、かつ、傾斜する右螺旋体(リボン状物)は管壁に取り付けられるに際して動くことのないように設けられることは、傾斜する右部材が管壁に設けられる必要性からすれば、当然の技術手段であると解するのを相当とする。しかして、本願発明において、傾斜板を形成するという構成が、第二引用例に記載の方法における前記傾斜する螺旋体(リボン状物)の有する技術的特徴のほかに特段の技術的思想を表したものと認めるに足る証拠はない。

5 原告は、第二引用例に記載の方法は本願発明とはその目的及び奏する効果が大いに異なるから、本願発明が傾斜板を設けたことをもつて同引用例に記載の方法の単なる設計上の微差の範囲内の事項であるとすることはできない、と主張する。しかし、既に述べたとおり、第二引用例は、本願発明と第一引用例に記載の装置との差異点であるところの、管内の流水に旋回運動を生じさせる手段について引用したものであり、その、管内の流水に旋回運動を与えるという観点からすれば本願発明も第二引用例に記載の方法も共に同一の機能を有する手段であるということができること前記認定のとおりであるから、第二引用例に記載の方法と本願発明とを全体として対比するとその目的及び奏する効果において異なるものであつても、同引用例によつて、本願発明が傾斜板を設けたことをもつて、同引用例に記載の方法の単なる設計上の微差の範囲内の事項であると認定、判断することを妨げられるものではない。したがつて、原告の右主張は採用することができない。

6 以上述べてきたとおり、本願発明と第一引用例に記載の装置とは共に高層建物用の排水落下装置に関するものであり、排水管を流れる排水に旋回運動を与え、その排水管の中心部分に空気の通路が形成される構成のものとした点でその目的を一にし、排水に旋回運動を与える手段についての構成は前記認定のように差異はあるものの、これを除く他の基本的構成を共通にしているものであつて、前記のように排水管を流れる排水に旋回運動を与え及び排水管の中央部分に沿つて空気柱を形成するという技術的思想を同じくするものであり、また本願発明の奏する前記効果は排水本管を流れる排水に旋回運動を与える手段として本願発明とは差異のある構成を採用した第一引用例に記載の装置の奏する効果と同一であり、かつ、本願発明の奏する効果が本願発明において排水に旋回運動を与える手段として排水本管に傾斜板を形成するという構成を採用したことによる予測することができない特段の効果とは認めることができない本件においては、本願発明と第一引用例に記載の装置との前記差異点(管内の流水に旋回運動を与える手段)につき引用された第二引用例に記載の方法が、管内の流水に旋回運動を与えるという観点からすれば本願発明において傾斜板を形成するという構成と第二引用例に記載の方法における螺旋体を形成するという構成とが共に同一の機能を有する手段であり、また第二引用例における螺旋体が流水管の中心軸に対して傾斜する部材であると認められ、これを管壁に動くことのないよう設けることは当然の技術手段であると考えられること前記4認定のとおりである以上、流水管又は排水管を降下する水に螺旋状の運動を与えるための手段として第一引用例に記載の装置におけるように内面が螺旋形状をなす螺旋形部材を設ける代わりに、本願発明のように管の内周壁面に管の中心軸に対して傾斜する部材を設けることが技術上格別困難なことであると認めるに足る証拠もないことを併せ考えれば、本件審決が、本願発明において傾斜板を形成する構成は第二引用例に記載の方法の単なる設計上の微差の範囲内の事項であると判断した点に誤りはないというべきである。

(二) してみれば、本願発明は第一引用例及び第二引用例の記載に基づいて当業技術者が容易に発明をすることができたものと認定、判断して、特許法第二九条第二項の規定によつて特許を受けることができないとした本件審決に違法はない。

三 よつて、本件審決の取消を求める原告の本訴請求は理由がないので棄却することとする。

〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。

上部を大気に開口する垂直配置された管状の排水本管に分岐管を接続するとともに前記排水本管の内周壁面に前記排水本管の中心軸に対して傾斜する傾斜板を形成し、排水本管の中心に形成される空気コアを前記開口を介して外気と連通させたことを特徴とする高層建築用の排水落下装置。

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